七夕の由来や彦星と織姫の物語とは?

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  七夕の由来

七夕(たなばた、しちせき)は、
中国、台湾、日本、韓国、ベトナムなどにおける
節供、節日の一つです。
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五節句の一つにも数えられています。

旧暦では7月7日の夜のことで、
日本ではお盆(旧暦7月15日前後)との関連がある
年中行事でした。

でも、お盆が新暦月遅れの
8月15日前後に主に行われるようになったので、
関連性が薄れました。

日本の七夕祭りは、新暦7月7日や月遅れの8月7日
あるいはそれらの前後の時期に開催されています。


  七夕の歴史

日本の「たなばた」は、元々、中国行事であった七夕が、
奈良時代に伝わりました。
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それに日本の元からあった、
棚機津女(たなばたつめ)の伝説
合わさって生まれました。

元々、中国の行事で、日本に伝わってきたんですね。


  「たなばた」の語源は、

1)『古事記』で、
  アメノワカヒコが死に、アヂスキタカヒコネが来た折に、
  詠まれた歌にあったり。

2)『萬葉集』で、
  「たなばたの今夜あひなばつねのごと明日をへだてて年は長けむ」
  などの七夕にまつわる歌が存在したり。

3)牽牛織女(けんぎゅうしょくじょ)の、
  二星(彦星と、織姫のこと)が、
  それぞれ耕作および蚕織(さんしょく)をつかさどるため、
  それらにちなんだ種物(たなつもの)・機物(はたつもの)という語が
  「たなばた」の語源とする江戸期の文献もあったり。

語源は様々言われているみたいです。


  織姫と彦星の物語

昔々、天の川のそばには天の神様が住んでいました。

天の神様には、一人の娘がいました。

名前を織姫と言いました。

織姫は機織り(はたおり)をして、
神様たちの着物を作る仕事をしていました。

織姫が年頃になり、天の神様は娘に、
御婿さんをむかえてやろうと思いました。

色々探して見つけたのが、
天の川の岸で天の牛を飼っている
彦星という若者です。

彦星は、とても立派な若者でした。

織姫も、かがやくばかりに美しい娘です。
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二人は相手を一目見ただけで、好きになりました。

二人は結婚して、楽しい生活を送るようになりました。

でも、仲が良過ぎてしまい、仕事を忘れ遊んでばかり
いるようになったのです。

すると、天の神様のもとへ、
皆が文句を言いに来るようになりました。

「織姫が機織りをしないので、
 皆の着物が古くてボロボロです。
 早く新しい着物を作って下さい」

「彦星が世話をしないので、
 牛たちが病気になってしまいます」

天の神様は、すっかり怒ってしまい、

「二人は天の川の、東と西に別れて暮らすがよい」
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と言って、織姫と彦星を、別れ別れにしたのです。

でも天の神様は、
織姫があまりにも悲しそうにしているのを見て、
こう言いました。

一年に一度だけ、七月七日の夜だけ、
 彦星と会ってもよろしい」

それから、一年に一度会える日だけを楽しみにして、
織姫は毎日、一生懸命に機織りをしました

天の川の向こうの彦星も、
天の牛を飼う仕事に精を出しました。

そして、待ちに待った七月七日の夜、
織姫は天の川を渡って、彦星の所へ会いに行きます。

  いい話ですね!
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私が小さい頃に聞いた話(あんまり覚えてませんが)と、
だいたい同じでした。

仕事をしなければ、好きな人とも逢えませんよ!
ということなんでしょうね。

現在の私たちにも言えることですね^^

あなたにも、この話は教訓になるのではないでしょうか?


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